午前3時半の必要悪2011/01/14 23:31

これを書いている時点での本当の時間は、午前3時半というところです。やっとこさ帰ってきました。必要悪ですね、絆を確かめ合うための。もっと早く帰ることもできたのですが、あえて某家族レストランが閉まる時間までがんばってみようという挑戦でした。
若き日はそういうこともよくありました。でも最近は23時過ぎたら引き上げるのが普通です。基本的に次が休みの日でないとこういうことはしませんけれど、それでも23時は遅い時間になりました。昔は23時から集まるなんてこともあったんですよ。今は体力的にも難しくなってきましてね。
でも、私の場合は帰ってきてから寝る時間までが長くて、やっぱり夜は遅くなります。のみほーをしてくるのです、あの、飲酒じゃありませんよ。いつも飲みまくるから、見返りにトイレが近くなります。睡眠薬を使って寝ていると、寝ているときトイレに起きるのがきつくなります。だから、ある程度落ち着くまでたいてい起きています。こういうの書きながら。

昔は友人うちで集まってゲーム作りにいそしんでいました。会議をするときは必ず決めた某家族レストランで遅くまでやっていたものです。よりよいものを作るため、みんなでゲームを遊んでみることもよくしました。今ある私の基本技術、ことプログラムに関してはそこから身につけています。単にプログラムの技術で終わらせることをせず、人工知能や言語構築の理論、プログラムの理論を自ら積極的に学んだことが、大学院に入るレベルまで使えました。でも、ある程度動くものは作れたけれど、肝心な画像やら音声データの作成技術が足りなくて、何をやっても完成にたどり着けませんでした。しかしどうして作れなかったのか、そこから何を学べたのか、しっかり見返すことで今ができています。ことA先生は得られたものが大きいでしょう。なんせ、自分で今度は教える側に回っているんだから。

同じゲームを作るのに、プログラムをVer.7まで作ったのですが、過去の問題を毎度解決する形で効率化していきました。本当はいいことではありません。一度決めた目標を達成するためには、計画を下方修正することはあっても追加事項を加えていくときりがなくなるからです。
しかし、制作に当たるメンバーの足並みが揃わないのが最大の問題でした。何日にはこういうものを作ってこようと決めても、全員作ってこられることはありません。それに対処するため、Ver.7のプログラムが生まれました。これの正体は、画像や音声など、具体的なデータが一切なくても理論上ですべて動くという代物です。最低限必要な数値データを持たせてやれば、操作も受け付けるし、見えないけれどゲームは進んでいます。テレビを消してテレビゲームをしているのと同じ状態です。こうすれば、データができた時点で組み込んでいけばいいだけで、足並みが揃わない作業の進行状況を埋め合わせることができました。加えて、データを差分圧縮させる仕組みも持っており、データ管理と利用の効率化を最大限上げていました。画像と音声がないと、40000fps 以上出せる速度性能もウリです。

そんでも結局できなかったんですけどね。縦割り組織が失敗の元でした。終わらない作業分を互いに助け合いながらできる仕組みがなく、それぞれが独自の制作方法を持って作っていたため、自分のエリア以外のことがわからなくなっていたのです。だから手伝えない。上がってこないものはいつまでたっても上がってこない。これでは失敗もします。

それぞれ社会人になっていき、時間もなくなってきて、みんなで作ることはなくなりました。今やろうとしても無理でしょう。たとえそれが失敗に終わったとしても、協力してきたこと、身につけてきた技術は残りました。こうして夜遅くまで粘っていたら、久しぶりにそんなことが思い出されます。しかし、今一度当時のやり方を思い出してみたくなりました。学んだつもりでいても、年が経てばまた見えることは違います。なんとなく、どこかでまた同じ失敗を繰り返しているような気がするんですよね。ちゃぶ台のことと合わせて考えてみますか。今日はもうやめるわ。寝るべし。