ひとつの方針2017/07/20 23:53

ワンフェスで私のものは、在庫として持っている一部の家具や床と壁のセットを出すことにしましたが、小物は出さないことにしました。中物も在庫で確保しているものだけ出すことになります。座布団など、私が作ってないものは出します。自分が何をしたらよいのか、整理できていません。あと、当日どうするのか、今のところ行かない可能性が高いです。毎度ワンフェス当日というのは薬を強化して臨んでいるのですが、今はこれ以上無理というところまで薬を強くして生活していて、その状態でワンフェスを乗り切ることができるのかというと、かなり怪しいものがあります。
細かいところまで考えねばならぬものを普段の生活だけで何とかしのいでいる状態で、計画性があったもんじゃありません。刺激がなければ落ち着いているようで、集中力は保てないし、刺激に対して敏感です。何をすれば落ち着くというものもなく、長い時間をGで過ごしています。Gの時間がずっと続いていればいいけど、そうもいきません。そもそも落ち着いて眠れないし。明日をどう過ごすのかすら想像できないのは、決して楽ではないです。毎日こうした場所に出てくるわけにも行きませんしね。
楽しいことや落ち着きは、何かを作る先に待っているんです。受け身の生活の先にはないんです。それはよくわかっているのです。

J調整中2017/07/19 22:18

今日はJで微調整をしております。このところは家でおとなしくすることで調整していますが、集中力がないんで、なかなかこれといったこともできません。適度に寝て、適度に本を読む生活です。ゲームはしません。なんだかよくわからない生活で、もうちょい生活スタイルを考えようと思います。薬は先月から変わっていますが、それに加えて、以前使っていたものを補助で使います。本当はこういう薬の増加は治療後退でやってはいけません。ひっそり、病院には秘密です。それがないと日常的な生活の安定には遠くて、弱い薬ですし、安定してきたら自分の判断でやめます。
薬を増やしたり、強力な薬に変えることは、治療では大きな後退となります。ではいつ薬を弱められるのか、そのタイミングを見計らうのはとても難しく、病院ではやってくれません。現状のプレッシャーによるバランスの崩れは、プレッシャーを取り去って、平常運転に戻していくことで対応していくべきで、プレッシャーのかかる生活になったから、薬を変えてくれる、なんてことはないのです。だったら生活をなるべく負担の小さくなる生活に変え、病状に合った生活サイクルを作ることが求められます。糖尿病が薬だけ打っていればいいものでないのと同じ原理です。食事制限をして生活の調整をするのと同じように、私もそれが求められます。
今のところは攻撃衝動が落ち着くまで、あまり刺激を入れない生活を続けます。攻撃衝動の話をしたら、昔はケーキを床に叩きつけたり、物を投げたりしてたものなと、ちょっと昔話を持ち出されました。昔は衝動を抑えることができなかったんです。衝動を抑える方法は、衝動を感じたときに物に触らない、体を動かさない、衝動は病的で一時的なものであることを認識することです。衝動に流されてしまうと、とんでもないことになってしまいます。当然、これがひどい人は入院するんですよ。私も昔は暴れることがあったけれど、今は抑える方法を学んで、破壊行動はしません。そもそも、攻撃衝動を感じることがなくなっていました。ただ、プレッシャーやストレスがかかると、いとも簡単に復活してくることを学びました。まずはこれが収まらないと安心できない状況です。

小さいディオラマ2017/07/18 23:55

こんな時期はプラモでも作っていればいいのに、手伝いを要求されるから結局何もできません。わかってない、いつまでたってもわかってない。わざわざ仕事の手伝いすらしない理由もわかってない。そうやって今後のことも考え、身を守っているというのに、事態はそんな楽じゃないのよ。すでに安定した日常を失っていることが、もう普通じゃないのよ。
昔はこんなのが普通のレベルの生活だったけれど、今思うと尋常じゃないですな。こんなこと話していてもしょうがないし、考え事したいけれど、考え事には薬が必要なんで、いかに日常が不安定な上に立っていたものか、よくわかります。ディオラマ作りたい。すごく小さくて、どうでもいいやつ。戦車はイヤ。去年戦車初めて作りましたけどね、部品が多いし細かいし、塗り分けこそそんな厳しくないものの、あれは頭がおかしくなりそうでしたわ。A先生から豊臣秀吉とか、長篠の合戦とか、そういうのをもらってきて、適当な戦場をでっちあげる。ちょっと水溜りがあるとうれしい。
昔、庭のディオラマ作ったけれど、その時池を作って、それはすごく楽しい作業でした。ああいう庭の切り抜きみたいなもので、もっと小さいものを作って売ってみたいと思うのです。いろいろおかしくなっているくせに、どこかで何かを作ろうという心が死なないのは、この時期の空気が自分にとってワンフェスそのものであり、ものを作り上げてきた空気だからです。その、手伝えっていうのだけが本当にやめてほしくて。私は恐怖症というのが出来上がるのをすごく恐れています。世の中何とか恐怖症とかあるけれど、それとはちょっと違って、類型化されない恐怖症というのが次々自分の中にできあがるのです。それには、恐怖を受ける経験をなくすしかありません。無理な状況で無理をかけないこと。これをしないと恐怖症が誕生し、何年たっても解決できない問題となってしまいます。仕事が恐怖になったら終わりです。
だからそんなこと書いていてもしょうがないでしょう。ワンフェス終わったら私はどうしますか。わからん。まず集中力をどうやって取り戻すかな。

毎年の池花祭り2017/07/16 23:06

本日、毎年恒例、池花のお祭りです。自治会祭りとはここに来てからずっと縁がありまして、人口の増加と共に祭りも大きくなってきました。最近は池花運動公園を広々使ってやるのが定番です。池花以外の地区からも人が集まってきて、何気に盛り上がるんですよ。
今年はうちのおばちゃんが役員で当日スタッフとして借り出され、からあげといなり屋の店員になります。当日だけやっていればよさそうですが、前日から準備があり、当日も朝から準備があります。裏方はかなり仕事があるのでした。その勇姿も見に行きつつ、祭りは祭りで楽しみます。
祭りに行く前にTPMで買い物をして行きました。そのため、TPMがある方の入り口から入りまして、なんだこんな看板立てていたのかと知るのです。あまりこちらを通っていくことがありません。
祭り会場を上から見るとこのようになります。右はステージで、盆ダンスから太鼓の演奏まで、時間ごと様々行われる場所です。中央の青いシートが桟敷席のようになっていて、誰でも座れます。それを取り囲むように販売のテントを配置しているのが毎年の構成です。
祭りの規模にしては会場が広く、出したいものは全部出せるのがよいところです。昔使っていた池花児童公園は小さすぎて、出店を出すだけでも大変でした。そこにステージまで設定すると、公園内に人の居場所が限られ、周囲の道路にまであふれる状態でした。
このあたりから眺めて、あれおばちゃんかな~と思しき人物を見つけたら、やっぱりそうでした。人が次々来て、なんだか大変そうです。その場で調理して出さないだけだいぶ余裕はあったようですが、他のところで何をしているのかもわからないし、市長の挨拶もよく聞こえないし、店員とはこういうものです。
私はかき氷を食べることにしました。本当は、おなかを下していて、出てくる直前までひぃひぃしていたのに、ここまで来たら食べるしかないでしょう。シロップは2種類までかけてくれます。うーむ、期待していた黄色はなしか。これでもかというくらいシロップはかけてくれていたはずなのに、いざ食べてみると下まで届いておらず、適度に混ぜながら食べないと、下はただの氷になってしまいます。祭りの会場を眺めながら、じっくり食べました。食べている途中、後ろから少年の体当たりを食らったことは、祭りだから大目にみましょう。やめて、びっくりするから。下手すればかき氷落とすし。
おなかが冷えてよくないとわかりつつ、刹那の満足感を得たのでした。ああ、これが祭りだよ。
時間がたって少し暗くなってきます。これから家に帰ってカレーを作らねばなりません。この雰囲気はいいのだけれど、いつまでもここにいられないし、帰ります。おなかにはちょっと氷が負担でしたな。欲を出しすぎました。祭りはいいです。夏はこれがあってこそ夏だと思います。人も多くにぎやかで平和です。これですよ、大騒ぎはないけど、祭りで浮かれるこのよさがたまりません。