内容過酷 体の実態2017/07/09 22:39

特に考えるようなこともないようなのに、Jに来て何かしております。正直なことを言うと、ワンフェスの商品情報が上がってこないのは、作ってないからです。まったく作ってないわけではありません。が、ある時点から歯車がまわらなくなりました。
前回のワンフェスが終わってから、ひとまずあみあみ様への商品を出すべく、早めに動いて作ってきました。でも長く続きませんでした。途中からペースが落ちて、中途半端になってきました。前のワンフェスから感じてきておりました。商売と体の限界の関係です。なるべく販路は確保したく、委託も出して、あみあみ様への流通も確保しつつ、ワンフェスもこなします。ワンフェスもレギュラー品の数が増える一方、新商品投入をしなければ売り上げを伸ばせなくなり、常に追われる状態になってきました。
本来、この商売は私が病気から復帰すべく、ほとんど唯一の頼みの綱でやってきました。最初のうちは今から見れば規模も小さく、作ることに新鮮味もあって、どん底から這い上がれる可能性に希望を抱いてきました。が、商売が自分の体の回復よりも早くに大きくなり、ついていくのも大変です。一時期は胃腸をひどく悪くして、衣料部での参加で立てていた時もありました。その後、2014年から今の商売規模になっていきます。商品用のディオラマを作らなくなり、作品展示の要素をなくして、売ることだけにすべてをかける方式になりました。商品数が増えると共に3卓使うようになり、床と壁から部屋を演出できるようなアイテムを揃えています。
ここまで、2011年から始めまして、もう6年です。ちなみに私の体に最初の問題が発生したのは2003年で、倒れたのは2006年。病気で社会から寸断され、長く絶望的な時間を過ごしました。体は初期のころから見ればだいぶよくなっています。が、全体がよくなる回復を見せません。部分的にはかなりよくなっているところもあるし、ほとんど回復してないところもあります。また、長く続く中で新たに出てきてしまった症状もあります。そして何より、歳をとりました。2003年なんて、まだ25ですよ。こと、この数年で、症状が重く出たときに対する抵抗力が圧倒的に低くなりました。以前より安定性も悪くなりました。

体の回復には人生に目標を持って、心理的にも追いやられないことがとても大切だと、何の定めか、今の商売を始めました。でも、商売の成長と体の回復が同じペースであればよいものの、実際にはそうなってくれていません。せっかく販路が広がるなら、収入面も考えてそれを狭めたくはありません。一方で、それを抱えながらやっていくための体がないことに、前のワンフェスから気付き始めていました。
何よりプレッシャーがかかります。物量が必要、新商品は必要、締め切りはある、用意できなければ自分に責任が全部かかる。残念ながら、それをやる気に変えることはできません。やる気を持っても体がついてこないため、無駄にがんばれば大きな挫折になります。自分にできる範囲をわきまえて行動することは、過去から学びました。そして、私には緊張に対する耐性がありません。気持ちの問題ではなく、負担をかけることができないのです。私には緊張を自分で制御する機能がありません。こいつが脅威の病の元凶です。緊張、興奮、不安、恐怖、ストレス。これを一切かけてはいけません。一度かかってしまうと、自力で元の状態に戻ることは難しく、また、こうしたものは形を変化させながら体に負荷をかけてきます。緊張だったものは恐怖になり、興奮は不安にもなります。だから私は人と会うことをあまりしません。たとえ親友であっても、会って話せばわずかでも興奮します。こうなったら最後、興奮は制御を失って、緊張や恐怖となりながら襲ってきます。こうなった場合、こうなった時用の薬を飲んで、一人おとなしくします。寝ても治るとは限りません。そもそも寝付けなくなります。寝ようとすると発作が起きて、体が勝手に飛び上がり、勝手に声が出たりします。親友に対してすらこうなのだから、知らない人や慣れてない人と話すことは必要でない限りしないし、その場に誰かいれば代わりにやってもらっています。一番つらいのがあみあみ様とのやり取りです。これは私しかしようがないことで、何とかやっています。本当に、電話ひとつで薬なんてこともあるんです。人付き合いをなくすこともできませんから、その辺は薬と要折り合いをつけています。
長年の工夫で、興奮やストレスは抑えることができるようになりました。というか、生活の中で「怒り」を一切排除すること、つまらないことで腹を立てないこと、喜ばないことで、ある程度自分を制御できます。世の中いかに理不尽なことが起こっていようが、怒りを持たないようにします。大喜びもしません。一方、日常的に感情の起伏が少なくなっているので、覇気がないです。刺激の強いドラマのような映像も避けています。つまりは、外部からの入力に対して、入ってこないよう遮断することと、入ってからの心理的な効果を減らすことで自分を守っています。この方法は、人によってはカウンセリングなどで身につけるらしいですが、私は自分で身に付けました。
ところがそれで全部を抑えられるわけでもなくて、朝起きたら異常な緊張状態にあるときもあるし、夜にかけて不安が強くなることもあるし、根本的に「安定」の位置が人とずれていますから、そうなってはもう薬に頼るしかありません。日常的に飲んでいる薬以外に、追加の薬を使って対処します。このときは人と遮断された状態にします。「まとも」 じゃないからです。
よい方法として、適度な緊張感が保てる場所へ移動する方法もあります。これが私の夜JとかGにあたるものです。店は人がいますから、やたらなことはできません。一方、人はいても関わり合いがないから、この適度な緊張感の中にいて本を読んだり、PCで何かしていたり、時に家具の設計を練ったりしていると、家にいるより安定します。家で一人になれば、どうしても悪さが意識されやすく、かといえ人と交わるには難しい状態です。この時間はとても自由で、私なりのストレス発散方法でもあります。
ちなみに、家具の設計や同人誌の原稿など、非常に繊細な考え必要とする時も、この適度な緊張空間を選びます。考え事に集中すると、恐怖に襲われるからです。たいていの場合、こうした作業は安定した空間でやっていても負荷があり、帰ってきてから薬を必要とするのがほとんどです。それでも、家でやるより安定できるため、お金をかけてでもJやGに居座ります。
以前は、調子の悪いときにゲームをすることもしていました。ゲームをしていれば何となく意識がそちらへ行って、一時的に感覚を無にできます。ただ、結果はついてきません。ゲーセンを駆け込み寺のようにしていたこともあります。だから四街道のエスタシオンには心底感謝しているのですが、この数年の抵抗力の衰えがひどく、ゲームによる多少の興奮が余計に状態を悪くさせることもあり、今は状態が悪いときのゲームをやめました。日常的なゲームの量を減らしているのは、興奮を抑えるためでもあります。適度にやる程度なら問題ありません。金曜のゲーセン程度なら、時間も区切ってやりますし、疲れたら休ませてもらえばよく、ここはうまくストレス発散しています。

困ることは、意識、神経系、胃腸への異常です。てんかんではないのに、てんかんの人と同じ症状を出します。てんかんと違い、突然起こるものではありません。条件がありまして、最近は睡眠不足を起こさなければ大丈夫になりました。睡眠中に激しく起こすこともありますが、寝ていれば事故にはなりません。
よくある意識が薄いというのは、てんかんのように断続的に意識が途切れるのではなく、その手前の状態が続く状態です。わかりやすくいうと、立ちくらみでちょっと意識がほんわりする状態のまま固定されている感じです。意識の状態は夜の薬で安定が保たれています。これが起きてから起こってしまうとどうしようもできません。たいてい、寝ている間に異常を感じてわかります。非常に危険なため、これが出たら家から出ないことを原則にしております。
筋肉が硬直し、体が勝手におかしな方向に曲がったままになることもあります。これもかなりよくなりました。昔はしょっちゅう起きて、体の自由がきかず、その度に我慢していました。胃腸は適度に壊れます。こうした様々なことが、何かしら日常的に襲ってくるのが常です。これに加えて、先に述べたような、外部刺激に対する反応もあります。現状は、こうした中で使える日に動いて作業をこなしております。

で、こなすべき仕事が増えてきているのに、使える日が限られると、まず休みがなくなります。休みは体の調子が悪い時だけです。その分を動ける日に取り戻すため、倒れているか、働いているかしかありません。やるべきことの多さにストレスがたまりますが、ストレスは非常に危険で、体に害をもたらし、余計に動ける日が少なくなります。
やらなきゃいけない、でも動けない、これの繰り返しになってきました。さらに、年齢による抵抗力の低下が目立ち、調子の悪いときに無理をしてでも・・・ということができなくなってきました。毎度イベント前というものはプレッシャーが非常にかかるもので、今までもさんざん苦しんできたのではありますが、今回は前回から引きずって長期的に体が回らない状態にあり、加えてこの場をどう乗り切るのか、非常につらい立場にあります。結局、商品が揃わない責任は私にかかるわけでして、まこと残念ながら周囲の理解もさほどよいわけではありません。いまだに、調子が悪いなら病院へ行けば治してもらえると思っているレベルですから、そんなもんなら大学院まで重ねてきた人生全部捨てないわ。
最近は攻撃性を感じるようになってきたので、さすがにやばいなと思いました。慣れているので衝動を抑えることはできますが、恐怖を感じるために意味もなく自分を守ろうとして起こるものです。もうよーくわかっております。そこまで無理してやる必要ないだろうとも思いますが、何もしないでいるとうちでは責め立てられるし、調子が悪くて口が聞けなくても怒られるし、そんなに楽でもないんです。多分、私の態度がはっきりしてないのもいけないと思います。やるならやる、やらないならやらないと言えばいいのでしょう。
もう作れる商品数は時間的に限りがあり、これから残りにやるのかやらないのか、そこすらまともに判断できません。ただひとつ、次の冬のワンフェスへの参加は見送ることにしました。このまま同じ状態が続くのは体への負担を考えても無理があるし、私だけに限らず、全体的な生産量が増えておりまして、新しいものを練るための時間も環境もありません。活動を整理する意味でも、一度は休みを入れるべきだと判断しました。本当は、もっと前から休みを入れることも考えていました。状態が悪くなってきた今がその時かと思います。

衣料部については、まずまずの品数は出せそうです。本来予定していた数までは用意できないようですが、それなりにはあると思います。ちょっと細かいところまではまだわかりません。
あとは私の問題です。とりあえず用意できているものだけでも売ってしまうか、やめるのか。調子が不安定で、昨日はたこ焼きなんか作っていたけど、今日は何もできませんでした。つまりは外部への責任の取り方です。これっぽっちかと思われるのか、潔くなかったことにしてしまうのか。すみません、まだ結論は出せません。

行きつけの店 みろべー2017/06/12 22:03

今日はみろべーで夕食を食べました。月に一回くらいは行くのですが、ここは何かと言いますと、家族経営の中華レストランです。中華料理屋ではなく、中華レストランです。
場所は佐倉の志津にありまして、そんなに遠くありません。それこそ、金曜日のサークルが集まる新しい場所のラッキー佐倉店は、みろべーから歩いてすぐ行ける場所にあります。八千代に引越ししてきたころ、初めてみろべーに行きました。みろべーは35年やっている店で、その当時から店も変わってないし、料理の味も変わりません。
一般的中華料理店とちょっと違い、中華と和食の中間のような味付けが特徴で、メニューも個性的なものが多く、メニューの数もこういう店にしてはものすごい数があるのも特徴です。らーめんだけでも30種類くらいあり、常設メニューに加え、新たなメニューが登場し、時に消えます。材料の調達できる季節なども影響しているようです。定食も充実しており、主に「うま煮」と呼ばれるものが中心です。味付けは甘じょっぱい、でもくせになる味付けです。
麺も普通に想像される、いわゆる三大味、味噌、しょうゆ、塩などはなく、全部個性的な麺類です。メインは地獄らーめんと呼ばれる、赤味噌ベースの具たくさん麺で、ここの売りです。具は鶏肉、エビ、こんぶ、にんじん、なめこ、たまねぎ、もやしなどなど。辛さは3段階から調整でき、スープの味は薄めで、濃い味噌汁に近い、和風な感じです。おそらくこの店で、他の店にもあるようなごく普通の麺は、チャーシュー麺でしょう。これは普通にしょうゆ麺です。なんせ30種類近くありますから、もはや紹介するのも一苦労なほどで、どれもがこの地獄に代表されるように、この店でしかないものばかりです。
定食にしても麺にしても、量がとても多く、かなりおなかいっぱいになります。メニューも特徴的です。手書きの文字がいい味を出していて、手元のメニューから店に飾ってあるメニューまで、字体がここでしか見られない独特の手書き文字で、うちでは通称ワタナベフォントと呼ばれております。PC用にほしいくらいです。アナログ感がたまりません。
家族経営ですが、一人熱心な宝塚ファンがおり、店の入り口近くに宝塚のポスターが、必ず新作入りで飾られます。すごいです。買うとけっこう高いと思われ、こりゃ相当のファン具合がわかります。まぁ、直接聞いたことあるんですけどね。ちゃんと劇場で買っているそうです。宝塚もうずっと見てないなぁ、私は。
ちなみに顔を覚えられています。四街道に来てから行くことが多くなり、ここ数年で行く回数はすごく増えました。地元密着型の中華レストラン、いいですよ。これからもずっとお得意様でいこうと思います。

エスタシオン最後の日2017/05/31 23:59

このところ疲れております。ちとこちらの記事も抜け落ちておりますが、補完します。と、とにかくゲーセン閉店を迎えればまた気持ちもひとつ落ち着きます。やっぱりこのひと月はこのことでだいぶ考えることもやることもあって、一区切りつくことは、さびしいけど大切なのです。
夕食後に行きまして、20時半少し前ぐらいに入りました。閉店は23時50分、それまでがんばります。最後ですからね、これくらい見送りましょう。ここには5年通いました。閉店近くに来たこともあります。23時半になると店の電気が消えて、まだゲームはできるけれど、もう終わりにして帰ってねの雰囲気になるのです。それがけっこういい雰囲気なんですよ。夜つらいときとか、なぜか来たこともありました。ただ遊びに来ていただけより、私はつらい時間を何とか紛らわすことができないかと来ていることもたくさんあって、居場所があったことは感謝したいのです。他のゲーセンと違い、ここだけは感謝の気持ちがあります。
こちらは普段入ることのない正面入り口です。駅の通りに面しています。昔は入り口側にたこ焼き屋がありました。あるときからいなくなっていましたね。ここでたこ焼きってのもねぇ・・・アイスもあったけど、17アイスがゲーセンにあるし、もうちょいおやつっぽいものを扱えばよかったと思うんですけど、たこ焼きも安くなかったしなぁ。なんて昔を思い出します。
こうして、閉店前だからこそ見られる状況があります。他を見ても筐体がかなり減っており、一台だけしかなかったものは残されていますが、複数台あるものは移動していました。最後までやりに来る人はいます。そりゃ最後ですからね。向こうとしては、なるべく早くに移動するものは移動したいと思っているでしょう。閉店前にやるのもがなくなってはいけません。選んでうまく残していました。
他のメンバーはまだ来ていないようです。旧四街道台はすでに移動しており、ここに残る台は倉庫に入ります。新天地佐倉にて我々が頑張ったり、新しいお客さんがついたりで収入がよければまた二台体制に戻ることもあるようですが、まぁ、難しいかな。ちなみにDBCS買ったものの、結局ゲーセンでやることが中心です。家庭用移植は、確かにそのままかもしれないけれど、私が求めているのは筐体でしか感じられない迫力なんです。あの空気、あの緊張感。あれがないと、家でいくら同じゲームができたとしても、私は満足できないのでした。
あんなに最後は盛況だったバーチャロン4もどこかへ移動しました。これは筐体自体がかなり古くてダメージもあり、常時運行させるには大変でしょう。もしかしたら倉庫ですかな。とにかく、年月を経て台が増えてきたこのゲーセン史上、このスカスカ感は昔に戻った空気を感じます。あ、そういえばKOFも一組消えていましたね。どこへ行くのかなぁ。最終日だけあり、遊んでいる人はいました。
私が最初に感じたエスタシオンへの危機感、それがこのエスカレーターです。建物中央にあって、二階はビデオゲームと卓球台があります。ここは昔動いていたのに、あるときから階段になってしまいました。これを動かしているだけでも電気は使います。そういうところを削減するようになるってことは、あまりもうかってないのかなと疑いました。
ゲーセンは100円ショップみたいなものです。お客さんが落としていく基本は100円単位で、一回で1000円とかは売れないのです。また、どのゲームでも一度お金を入れればそうそう瞬殺で終わることはないわけで、100円で何分か粘ります。例えば私だと、100円で一時間に3ゲームとかいう場合もあります。クリアするまで20分とかかかるところもありまして、そうなると時間の割にゲーセンは案外もうからないのです。でも、それはゲームの仕様上仕方ないもので、そうなるとそりゃ、景品を取るだけの機械だけを置くようなゲーセンもできますわな。回転率を考えつつ、なるべく様々なお客のニーズに答えつつとなると、入れるゲームを考えたり、台数も考えたり、広い場所も必要で、やっぱり難しい商売だと思いますよ。こと四街道くんだりでは、ゲーム人口そのものがある程度限られるでしょうから、レギュラーの人々をうまくつなぎとめる工夫が欠かせません。駐輪場のサービスをしたりシニア割をしたり、LINEを使ったりスマホ充電サービスしたり、いろいろやっていたと思います。やっぱり欲を言えば大会かな。今は大会そのものが廃れていますからね。昔はゲーセン主催でやる大会が多かったものの、今では逆にお客主催で大会をやるところもあります。お客さんとの関係、とにかくこれですよ。それでも人が居つかなかったのは残念です。
最後は4人そろいました。バスの都合、ひとり先に帰りましたが、3人は閉店までやりました。すでに電気が消え、これが最後のプレイです。暗いために画面しか写らないのが、最後を物語ります。ああ、終わりましたね。
ゲーセンは閉店時間になると、すべてのゲーム機の電源を一度に落とします。その瞬間までいました。音がなくなるため、とても静かになります。最後まで残っている人はけっこういて、皆で拍手しました。店員さんにありがとうと言いました。下の階ではまだ動いており、下の階のお得意さんと店員さんとが最後のお別れをしていました。そうです、大好きな場所があり、そこで過ごした時間は何より大切なことなのです。

閉店騒動もこれにて終わり。告知を受けたときにはあまりの衝撃にどうしようか悩みましたが、サークルで意見を交わし、最後はこちらからゲーセンに台の移動をお願いして、筐体だけは何とかつなぎとめることができました。これから先へのつなぎができただけでも幸運でしょう。それは5年間通ううちに覚えられて、向こうも毎週やるものとして認識してくれていましたから、いわば日常の成果です。ゲーセンはなくなるけれども、その中でやれることはしてきたなと、自分なりに納得できるものはあります。
ああ、でも、手軽にちょっと寄れる場所、大事だったんですよ。ありがとうエスタシオン。

同人の志2017/05/19 23:06

今日はなんと、ステーキGにランチを食べに行ってみました。健康サラダバーというのがありまして、普段はメインの料理にそれがついてきますが、ランチだとそのバーだけを楽しむメニューがあるのです。サラダだけでは食事にならない、と、そんなことはなくて、このバーにはカレーと各種パン類があり、他デザートもスープもあって、しっかり食事をこなせます。死ぬほど押し込めるのが魅力でしょう。時間は3時間あるけど、そこまでいることはないし、十分楽しめます。ここはおすすめですよ。

Game Legend のレポがずいぶん読まれていると思ったら、イベント開催側のひとりがピックアップして意見を述べていたのでした。別に反論とかケチをつけるような内容ではなく、現実の状況に対する難しさを共に理解するような意見でした。私も考えさせられるものがありました。それの意見の終わりに、同人は作らなければ何も始まらないということは書いてほしかったとありました。同人活動しようとする人をもっと励ました方がよかったかもしれません。
同人をやるときの大事なことは、自分でやりたいことがあるから、そのために動くことです。これは間違いありません。しかしその先、その先が本当に大切なんです。誰のために作るのか、ここです。同人やらワンフェスやら、こういうことをたくさんやっていると、ここが大事になってきます。そして、自分がただ作って満足したいだけなら、それは公の場でやらない方がましであることは言っておきましょう。やるなら一人でやって、公の場には出さないことです。最低限、自分のためにやることと、他の人に何かを伝えるためにやることの区別はつけるべきです。それはなぜかというとですね、出すものや評価に対して自己中心的になるからです。世の中、自己中を押し付けられてうれしいと思う人はいませんよ。自分のことしか考えないから、売れないのは周りがわかってくれないだからとか、自分さえわかればそれでいいとか、そうなるなら人に見せる必要はありません。
つまり、同人をやる以上は、自分が作りたい意志と、相手に届けたい意志のふたつが必要なんです。相手に伝えたいことがあるからこそ、わかりやすくする工夫をし、面白くなるよう考え、相手の評価を受け入れられるものです。人の目に触れるから、客観的に物を見つめ、洗練したもの作りを意識します。そういうところには、人が入ってきます。たとえマイナージャンルの同人で戦っても、通りすがる人を説得する武器にもなるのです。その上で結果が出ないなら、工夫が足りないかもしれないし、運が悪いかもしれないし、自分を納得させることができます。決して自己中にはなりません。自分のことだけ考えて作ったものが売れていくと、その人は傲慢になっていくでしょう。自信過剰になっていくでしょう。その分、お金も手に入るでしょう。周りはへつらうようになるでしょう。そんな人も見たことがあります。でも、その人は幸せでしょうかね。周囲を威力で押さえつけるような王様になって、それでいいんですかね。
同人をやる人の多くは、人と心を通わせたいと考えるんじゃないでしょうか。自分の好きなものを他の人と共有したいからこそ、行動を起こす人が多いと思います。そんな思いが自分を向上させるなら、同人をやる意味はあるでしょう。自分を向上させるったって、大変なことですよ。こと、足りない部分をどうやって補うかは、時に行動をあきらめさせることにもなります。なかなか結果につながらなくても、行動を起こしたことに感激する人もいるかもしれません。
何もかもうまくできる人はそうそういないと思います。だから、自分の光る部分をしっかり見つけて、そこを人にどう伝えるかを考える。これは大切なことだと思います。私自身、自分の腕で自分の生活を切り開いているし、みさおか先生のような、同人からプロ漫画家に上がってきた人が周囲にいると、お互いプロとしてあるべき資質をわかっているため、あんまり下手なことは言えません。ただ、みさおか先生もそうですが、少なくとも我々はこうやって腕を上げてきました。それは間違いなく共通で言えることです。自分の好きなことだけやってきたなんて、これっぽっちも思っていませんよ。

私も同人では完全にアマではありますが、量産型マンドラゴラで培ったものを最大限自分の本には反映しています。今のイベント状況の中、自分の意志を相手に伝えるためには、本を売らねばならぬのです。そのためにどうするか、毎度買ってもらえるにはどうするか。ちなみに私は事前の宣伝をあまり重視していません。販売網がたいしてないのに、宣伝しても非力です。そこは当日うまくカバーしていくのですよ。ここ、マンドラゴラ流です。