物事真剣たれ ― 2012/04/16 22:36
書類棚が過密になってきたこともあり、今日はそこを整理しました。終わったワンフェスの参加申し込みもいらないし、活動しないで時間をあけた同人活動も、当日の書類の類はいらないでしょう。まとめて紙資源になってもらいました。しかしそこでまあ、面白いものがでてきました。
レトロゲー同人で活動していたころの指針メモです。新しく本を作ることになって、その販売形態を検討していました。われわれの主力商品は攻略DVDでしたが、このたびあらためて印刷屋で本を作ることとなり、どうするか考えたものです。
計画時は本ができていませんでしたが、印刷料金から考えても利益がほとんど出ないのは明らかでした。結局、本はA5サイズ64Pで、単価あたり480円ほどかかりまして、800円で売っても、そのたび参加料が取れるか否かのラインです。本は作る時間に対して利益になりません。
DVDは、最初のころこそノウハウがなくて苦労したものの、慣れてくると編集やパッケージは効率的になりました。DVDはモノが安いため、この世界での標準価格1000円で売ってもかなりの利益が出ます。
本を作るにはいくつか理由がありました。まずはDVDでできないことをやるのが最大の目的です。周辺事情として、このころはコミケも出ていましたが、新刊がないと売れ行きが伸びません。さらに、コミケはリプレイ動画に対して方針があいまいで、見本として出すと発禁を受けたり受けなかったりします。担当者の裁量になってしまうのです。需要があって、時間かけて作ってくるのに、そんな風にやられるこっちはたまったものではないので、DVDは見本誌提出しないこともしていました。このころの同じジャンルでは常套手段で、向こうも暗黙の了解でした。この問題に対応するには本が必要でもあったのです。ただ、こうした空気はやりにくく、結局自由にできるOnlyへサークルが移って行った今があります。私もそうでした。今は私が初めてOnlyへ進出したときより2倍くらいに規模が増えてます。130、多いときは150くらいのサークルが出ています。
写真に話を戻すと、このころ培ってきた方法が今のマンドラゴラにそのまま移植されています。本は小物、DVDは家具や衣類と置き換えられるでしょう。
規模の小さい同人の世界では、印刷屋に頼んで本を作るのはかなりリスクが高いです。しかし、やってきたことを完全な形で残したいという思いから、印刷屋に頼むことにしました。本は見るための場所を選ばない媒体だし、DVDより立ち読みできる本は看板としての効果があります。もちろん、印刷屋に頼んで作った攻略本というだけで、それはそれなりの付加価値もあるのがこの世界です。
利益の取れない看板と、それを埋め合わせる主力製品で展開するのは、今に始まったことではありません。セット販売はこのときからすでに使っていました。セット販売すると一売り利益は落ちますが、数が出るようになり、結果的によく売れます。ただし、この組み合わせは利益率の高いものがひとつ入っていなくてはなりません。もともと利益の小さいものを割り引いても、たかがしれています。だからセットは「本 + DVD」か「DVD 2本」じゃないと無理です。
趣味で同人やっているだけなので、お金かけて参加できるだけでいいという人と、やる以上はしっかり取るもの取ろうと考える人がいます。私も、共に戦ってきたA先生も後者でした。しかし、取るもの取るには人に見せて恥ずかしくないものを作らねばならず、しっかりしたものを作る心がけと技術を身につけてきました。
我らは共に、かつての同人活動は無駄ではなかったと言います。失敗したこともありました。でも、なぜ失敗したのかを見直し、成功させるために育てた技術や心構えは、今でも大切なものになっています。
どんなことでも、真剣になると見えてくることがある。そしてそれを後に別の形でいかせれば、何も無駄にはならないでしょう。いけないのは、やったらやりっぱなし。
ま、商売人気質であることも大切なんですけどね。
計画時は本ができていませんでしたが、印刷料金から考えても利益がほとんど出ないのは明らかでした。結局、本はA5サイズ64Pで、単価あたり480円ほどかかりまして、800円で売っても、そのたび参加料が取れるか否かのラインです。本は作る時間に対して利益になりません。
DVDは、最初のころこそノウハウがなくて苦労したものの、慣れてくると編集やパッケージは効率的になりました。DVDはモノが安いため、この世界での標準価格1000円で売ってもかなりの利益が出ます。
本を作るにはいくつか理由がありました。まずはDVDでできないことをやるのが最大の目的です。周辺事情として、このころはコミケも出ていましたが、新刊がないと売れ行きが伸びません。さらに、コミケはリプレイ動画に対して方針があいまいで、見本として出すと発禁を受けたり受けなかったりします。担当者の裁量になってしまうのです。需要があって、時間かけて作ってくるのに、そんな風にやられるこっちはたまったものではないので、DVDは見本誌提出しないこともしていました。このころの同じジャンルでは常套手段で、向こうも暗黙の了解でした。この問題に対応するには本が必要でもあったのです。ただ、こうした空気はやりにくく、結局自由にできるOnlyへサークルが移って行った今があります。私もそうでした。今は私が初めてOnlyへ進出したときより2倍くらいに規模が増えてます。130、多いときは150くらいのサークルが出ています。
写真に話を戻すと、このころ培ってきた方法が今のマンドラゴラにそのまま移植されています。本は小物、DVDは家具や衣類と置き換えられるでしょう。
規模の小さい同人の世界では、印刷屋に頼んで本を作るのはかなりリスクが高いです。しかし、やってきたことを完全な形で残したいという思いから、印刷屋に頼むことにしました。本は見るための場所を選ばない媒体だし、DVDより立ち読みできる本は看板としての効果があります。もちろん、印刷屋に頼んで作った攻略本というだけで、それはそれなりの付加価値もあるのがこの世界です。
利益の取れない看板と、それを埋め合わせる主力製品で展開するのは、今に始まったことではありません。セット販売はこのときからすでに使っていました。セット販売すると一売り利益は落ちますが、数が出るようになり、結果的によく売れます。ただし、この組み合わせは利益率の高いものがひとつ入っていなくてはなりません。もともと利益の小さいものを割り引いても、たかがしれています。だからセットは「本 + DVD」か「DVD 2本」じゃないと無理です。
趣味で同人やっているだけなので、お金かけて参加できるだけでいいという人と、やる以上はしっかり取るもの取ろうと考える人がいます。私も、共に戦ってきたA先生も後者でした。しかし、取るもの取るには人に見せて恥ずかしくないものを作らねばならず、しっかりしたものを作る心がけと技術を身につけてきました。
我らは共に、かつての同人活動は無駄ではなかったと言います。失敗したこともありました。でも、なぜ失敗したのかを見直し、成功させるために育てた技術や心構えは、今でも大切なものになっています。
どんなことでも、真剣になると見えてくることがある。そしてそれを後に別の形でいかせれば、何も無駄にはならないでしょう。いけないのは、やったらやりっぱなし。
ま、商売人気質であることも大切なんですけどね。
小物売りの流儀 ― 2012/02/19 17:27
夜に眠くなりがちなときには、夜になる前に書けばよいのだ。ということで、いつもよりやや早めの更新でございます。本日の話題は量産型マンドラゴラの小物の売り方について。
非常に小さなアイテムを種類豊富に低額で売るという方法は、私のワンフェスへの一般参加からの経験と、今日の小型可動フィギュア情勢を考えて生まれたものです。小型可動フィギュアは場所をとらず、自分の好きなように飾り付けができるため、同時に小物や家具が欲しくなります。でもその人達がそいいうオプションにどれくらいの金額を払ってよいかと考えると、どんなによくできていてもケーキ一個500円じゃちょっと手が出にくいですね。そのケーキが円から切り抜いた一部だったりすれば、やはり考えます。迷わず買う人もいるでしょう。でも同じ500円払うのなら、大きさは少し大きくなってしまうけど、もう少し安い食玩を選ぶ人もいるでしょう。さらに食玩は入手しやすいのに対し、イベント商品はその一度を逃すとかなり待ちます。値段や入手のしやすさから見れば、多くの人が食玩に流れても不思議ではありません。
よほどのリアリティーや個性的なものを望まない限り、多くの可動フィギュアファンは手軽なものを求めているはずです。でも、あまり安っぽすぎるのもいやなはずです。なぜこう言えるかというと、そもそも小型可動フィギュアが本格的なドールなどとは一線を画す、いわばドールから見てライトユーザーを狙った商品であるからです。例えばファッションで一流ブランドよりユニクロがいいという人もいるし、高級輸入家具より IKEA やニトリがいいという人がいます。高いものはイヤ、でも安っぽいのもイヤ、どっちづかずともとれそうな人々は、そのターゲット市場の大きさからマイノリティとはいえないでしょう。もちろん、私もその一人なのです。
私は一方で自分の好きなものを作って売るだけという職人の側面を持ちますが、一方でどうやれば売れるかを考える、商売人の側面を持っています。ことマンドラゴラ流小物の販売は、この二側面の接点であります。
まずは人に見せても恥ずかしくないものを作ることが大切です。次はどう売るかです。そこで考え出されたのが、たくさん並んだ小物を自分の好きなだけ取って買う方法。さらに単価を安くすること。当たり前のようで合理的だけど、買い方そのものが実は売り物であります。
私は昔、お菓子の量り売りが好きでした。たくさんある色とりどりのおかしをスコップで少しずつ取り、はかりに乗せて値段を見る。多すぎる場合はまたよく選んで減らし、本当に食べたいものを選ぶ。でもあまりに色とりどりで美しい見た目は、もっと欲しくなる欲求を駆り立てます。そこが自分との戦い。
祭りで売っていた色とりどりのあめを数個選んで買うのも、ユニクロでたくさんある色柄の中から四足選んで靴下を買うのも、選ぶ楽しみがあるのです。
マンドラゴラの小物の売り方は、この感覚そのものを売りにしています。たくさん並んでいる小物は私自身がみてもかわいらしく思います。思わず微笑みたくなるその雰囲気で、選んで買うことを体験するのが楽しみのひとつに想定されているのです。
でもこれを成立させるには、実は単価が低くなければできません。一個500円のものを選んで買うなら、買えるのはひとつかもしれないけれど、一個50円なら10個買える。欲しいものを次々買ってもたいした金額にならないという安心感が、買い物を余計に楽しいものにしてくれるでしょう。一個500円の小物を迷わずたくさん買っていけるお客さんは、そんなにいないであろう前提があることは既に述べました。
小物の単価を安く設定しているのは、こうした体験を売り物にしているところがあります。はっきり言うと、小物製作の手間を考えれば、とてもこんな商売はやってられません。しかし、ワンフェスでしか味わえない付加価値をそれで作れれば、集客力を得ることが出来ます。その結果、家具や衣類など利益率の高いもので商売ができ、量産型マンドラゴラは成立します。職人の顔をして、実は用意周到に考えた販売システムが私たちを支えているのでした。
しかしここにきて待ち時間と行列がとてつもなく長くなる事態が発生しました。いくらお客さんに買い物を楽しんでもらいたいとはいえ、無駄に待ち時間が長くてはお客さんにも負担です。販売システム上、待ち時間が長くなるのは必然なのですが、じゃあこれでいいかといえば改良する余地があるでしょう。
お客さんが選ぶ時間をたっぷり取れるのは重要です。この点については、待った分だけ自分もゆっくり選べることである程度相殺されますが、現状だと押されてくる行列で選べる時間が制御される面もあり、うまく流れているとは言い切れないでしょう。
今のところ、販売システムの良いところを最大限活かしつつ、問題点を改良していくには考えが出揃っていません。現状をまた整理して認識しなおす必要があります。一番手っ取り早い方法は、販売空間を 2sp にすることなんです。単純に売り場が倍になり、会計が二つになれば、待ち時間は半分に圧縮されます。でも 2sp とるには5万かかるゆえ、人手が足りません。ひとまずまた会議をして具体的に煮詰める必要があります。
とまあ、こんな感じでここは動いています。ものを作るもの大変だけど、売るのも大変なのよねぇと。どっちとっても課題は尽きませんが、考えて改善に向かわなきゃ我々の頭はついている意味がなくなっちゃいます。最後にお客さんの笑顔を見るには、適当でなぁなぁではできません。
非常に小さなアイテムを種類豊富に低額で売るという方法は、私のワンフェスへの一般参加からの経験と、今日の小型可動フィギュア情勢を考えて生まれたものです。小型可動フィギュアは場所をとらず、自分の好きなように飾り付けができるため、同時に小物や家具が欲しくなります。でもその人達がそいいうオプションにどれくらいの金額を払ってよいかと考えると、どんなによくできていてもケーキ一個500円じゃちょっと手が出にくいですね。そのケーキが円から切り抜いた一部だったりすれば、やはり考えます。迷わず買う人もいるでしょう。でも同じ500円払うのなら、大きさは少し大きくなってしまうけど、もう少し安い食玩を選ぶ人もいるでしょう。さらに食玩は入手しやすいのに対し、イベント商品はその一度を逃すとかなり待ちます。値段や入手のしやすさから見れば、多くの人が食玩に流れても不思議ではありません。
よほどのリアリティーや個性的なものを望まない限り、多くの可動フィギュアファンは手軽なものを求めているはずです。でも、あまり安っぽすぎるのもいやなはずです。なぜこう言えるかというと、そもそも小型可動フィギュアが本格的なドールなどとは一線を画す、いわばドールから見てライトユーザーを狙った商品であるからです。例えばファッションで一流ブランドよりユニクロがいいという人もいるし、高級輸入家具より IKEA やニトリがいいという人がいます。高いものはイヤ、でも安っぽいのもイヤ、どっちづかずともとれそうな人々は、そのターゲット市場の大きさからマイノリティとはいえないでしょう。もちろん、私もその一人なのです。
私は一方で自分の好きなものを作って売るだけという職人の側面を持ちますが、一方でどうやれば売れるかを考える、商売人の側面を持っています。ことマンドラゴラ流小物の販売は、この二側面の接点であります。
まずは人に見せても恥ずかしくないものを作ることが大切です。次はどう売るかです。そこで考え出されたのが、たくさん並んだ小物を自分の好きなだけ取って買う方法。さらに単価を安くすること。当たり前のようで合理的だけど、買い方そのものが実は売り物であります。
私は昔、お菓子の量り売りが好きでした。たくさんある色とりどりのおかしをスコップで少しずつ取り、はかりに乗せて値段を見る。多すぎる場合はまたよく選んで減らし、本当に食べたいものを選ぶ。でもあまりに色とりどりで美しい見た目は、もっと欲しくなる欲求を駆り立てます。そこが自分との戦い。
祭りで売っていた色とりどりのあめを数個選んで買うのも、ユニクロでたくさんある色柄の中から四足選んで靴下を買うのも、選ぶ楽しみがあるのです。
マンドラゴラの小物の売り方は、この感覚そのものを売りにしています。たくさん並んでいる小物は私自身がみてもかわいらしく思います。思わず微笑みたくなるその雰囲気で、選んで買うことを体験するのが楽しみのひとつに想定されているのです。
でもこれを成立させるには、実は単価が低くなければできません。一個500円のものを選んで買うなら、買えるのはひとつかもしれないけれど、一個50円なら10個買える。欲しいものを次々買ってもたいした金額にならないという安心感が、買い物を余計に楽しいものにしてくれるでしょう。一個500円の小物を迷わずたくさん買っていけるお客さんは、そんなにいないであろう前提があることは既に述べました。
小物の単価を安く設定しているのは、こうした体験を売り物にしているところがあります。はっきり言うと、小物製作の手間を考えれば、とてもこんな商売はやってられません。しかし、ワンフェスでしか味わえない付加価値をそれで作れれば、集客力を得ることが出来ます。その結果、家具や衣類など利益率の高いもので商売ができ、量産型マンドラゴラは成立します。職人の顔をして、実は用意周到に考えた販売システムが私たちを支えているのでした。
しかしここにきて待ち時間と行列がとてつもなく長くなる事態が発生しました。いくらお客さんに買い物を楽しんでもらいたいとはいえ、無駄に待ち時間が長くてはお客さんにも負担です。販売システム上、待ち時間が長くなるのは必然なのですが、じゃあこれでいいかといえば改良する余地があるでしょう。
お客さんが選ぶ時間をたっぷり取れるのは重要です。この点については、待った分だけ自分もゆっくり選べることである程度相殺されますが、現状だと押されてくる行列で選べる時間が制御される面もあり、うまく流れているとは言い切れないでしょう。
今のところ、販売システムの良いところを最大限活かしつつ、問題点を改良していくには考えが出揃っていません。現状をまた整理して認識しなおす必要があります。一番手っ取り早い方法は、販売空間を 2sp にすることなんです。単純に売り場が倍になり、会計が二つになれば、待ち時間は半分に圧縮されます。でも 2sp とるには5万かかるゆえ、人手が足りません。ひとまずまた会議をして具体的に煮詰める必要があります。
とまあ、こんな感じでここは動いています。ものを作るもの大変だけど、売るのも大変なのよねぇと。どっちとっても課題は尽きませんが、考えて改善に向かわなきゃ我々の頭はついている意味がなくなっちゃいます。最後にお客さんの笑顔を見るには、適当でなぁなぁではできません。
頭で知るより感じる何か ― 2011/12/29 23:49
今日は夜から友人呼び出して忘年会でした、突発的、かつ強引に。昨日秋田から帰還し、今日御用納め。うーん、大変ですのぅ。私は永遠に作業人ですから、年末年始もありません。いや、少し年末らしいことをしたらどうなんだろう、年賀状書くとか。まったく手をつけてないのも問題ではなかろうか。
写真を見ながら振り返る一年。その総評はまた置いておくとして、今年逝かれた方々を思い起こしつつ、何か大切なものを語ろうと思います。ビンラディンが逝き、カダフィが逝き、北の将軍様も逝きました。そう、数日前の新聞で、柳宗理氏死去、96歳というのをみました。柳宗理という人は私のとても尊敬する人物で、思うと野村万之丞氏、平山郁夫氏、私の尊敬する三本指の人物はここですべて亡くなられたのです。
私が柳宗理の名を知ったのは十数年前のこと、こうしてみるとすでに氏は80を過ぎていたのだから、現役の一線はとうに退いていたのだとおもいますが、とても衝撃的でした。よく行くおしゃれな生活雑貨の店で、手にした食器がすべての始まりです。持った瞬間、何だこれはという衝撃が走りました。それは今までに持ったことのない感覚で、いかなるもち方でも手になじみ、無理や違和感をまったく感じない持ち味。食器から調理用具から、持つものすべてに「持つ」という感覚を快楽に変え、機能的にも美的にも、一瞬で引き込まれたのです。食器には「YANAGI SORI」と名前が入っていました。誰だこれ、こんなにすごいものを作る人がいるのか、そう思うと、棚にはちゃんとプロファイルが置いてありました。
人工工学のように、計算しつくされたものともまた違う、持つこと、使うことを心地よいと思わせる機能的なデザイン、さらなる統一感。食器や調理器具という日用品に人の魂を感じさせることは、ありそうでなかなか出会えないものでした。しかもそれが究極の一品ではなく、量産品なのです。何のためのデザインか、誰のためのデザインなのか、それはすべての人に開かれるためのデザインでした。それを頭の感覚ではなく、手先の感覚ですぐに感じ取れたことは、私の心を大きく動かしました。
当時の私は服飾デザインやファッションに興味はあったけど、こういう身の回りの品はどちらかというと見た目の面白いもの、風変わりなものが興味の中心でした。まあ、今でも相変わらず私の趣味はちょっと変わっていると言われますが。基本的には、みんながあまり興味を持たないもの、いいと思わないだろうものにしびれるタイプです。そんな私に、日常におけるデザインの重要性を本当の意味で教えてくれたのが柳宗理です。もちろんこれは、私が当時からそれなりにデザインに対して興味を持っていたのも重要なんですが、最低限、持ちやすさと使いやすさはどんな人でもわかると思います。
デザインをする上で理屈はとても大事です。でも、その理屈を言葉で説明することなくても、手で持てば伝わるというのは、プロダクトデザインで最も重要なことではないでしょうか。これは現代における Universal Design に通じるところがあるでしょう。
と、私の知っている柳宗理の世界はほんの一部ですが、そこから受けた衝撃は、私の中で大切な価値観として残り、生きています。
写真を見ながら振り返る一年。その総評はまた置いておくとして、今年逝かれた方々を思い起こしつつ、何か大切なものを語ろうと思います。ビンラディンが逝き、カダフィが逝き、北の将軍様も逝きました。そう、数日前の新聞で、柳宗理氏死去、96歳というのをみました。柳宗理という人は私のとても尊敬する人物で、思うと野村万之丞氏、平山郁夫氏、私の尊敬する三本指の人物はここですべて亡くなられたのです。
私が柳宗理の名を知ったのは十数年前のこと、こうしてみるとすでに氏は80を過ぎていたのだから、現役の一線はとうに退いていたのだとおもいますが、とても衝撃的でした。よく行くおしゃれな生活雑貨の店で、手にした食器がすべての始まりです。持った瞬間、何だこれはという衝撃が走りました。それは今までに持ったことのない感覚で、いかなるもち方でも手になじみ、無理や違和感をまったく感じない持ち味。食器から調理用具から、持つものすべてに「持つ」という感覚を快楽に変え、機能的にも美的にも、一瞬で引き込まれたのです。食器には「YANAGI SORI」と名前が入っていました。誰だこれ、こんなにすごいものを作る人がいるのか、そう思うと、棚にはちゃんとプロファイルが置いてありました。
人工工学のように、計算しつくされたものともまた違う、持つこと、使うことを心地よいと思わせる機能的なデザイン、さらなる統一感。食器や調理器具という日用品に人の魂を感じさせることは、ありそうでなかなか出会えないものでした。しかもそれが究極の一品ではなく、量産品なのです。何のためのデザインか、誰のためのデザインなのか、それはすべての人に開かれるためのデザインでした。それを頭の感覚ではなく、手先の感覚ですぐに感じ取れたことは、私の心を大きく動かしました。
当時の私は服飾デザインやファッションに興味はあったけど、こういう身の回りの品はどちらかというと見た目の面白いもの、風変わりなものが興味の中心でした。まあ、今でも相変わらず私の趣味はちょっと変わっていると言われますが。基本的には、みんながあまり興味を持たないもの、いいと思わないだろうものにしびれるタイプです。そんな私に、日常におけるデザインの重要性を本当の意味で教えてくれたのが柳宗理です。もちろんこれは、私が当時からそれなりにデザインに対して興味を持っていたのも重要なんですが、最低限、持ちやすさと使いやすさはどんな人でもわかると思います。
デザインをする上で理屈はとても大事です。でも、その理屈を言葉で説明することなくても、手で持てば伝わるというのは、プロダクトデザインで最も重要なことではないでしょうか。これは現代における Universal Design に通じるところがあるでしょう。
と、私の知っている柳宗理の世界はほんの一部ですが、そこから受けた衝撃は、私の中で大切な価値観として残り、生きています。
勝負の先にあるもの ― 2011/12/18 22:03
QMA の基地にしているゲーセンで QMA 大会があり、行ってきました。この際だからどんな世界なのか足を突っ込んでみようと。で、結果、大会はなんと中止 ! えぇ、だって人が集まらないんだもん。集まったのは7人だけで、まあ、7人でも大会はできるだろうと思いましたが、残念ながら中止になりました。ゲーセン側で用意しておいた優勝賞品をなぜかありがたく頂き、どうなったかというと、その後すごく盛り上がりました。
せっかく来ていただいたというはからいで、大会にエントリーした人に限り、4台を一時間フリープレイで開放してもらいました。で、集まった人で実際どうしようかという話になったのですが、私は協力や店内対戦をしたことがなく、やってみたいとお願いして、店内対戦をやってみました。
今日集まった方々は、もう賢者のレベルに達しているすごい人ばかりで、12月に始めましたなんてのは私だけ、ある意味KYな存在だったけど、みなさんこんな私を喜んで歓迎してくださり、仲良く話しながら楽しみました。店内対戦は結局4位に終わったけれど、レベルの違いと話しながら仲良くやれる楽しさを教わりました。しかし、そんな人達相手に単独正解を一回できたのは感動しました。これは終わった後お礼言われちゃいました。結局みんなわからない問題は、正解者の答えを見て覚えるのが早く、教えてくれてありがとうと。なおこの問題、その後他の人がやったときも含めて、その日のうち2回出ました。二回目はさすがにみんな間違えません。
一度店内対戦をしたら、ネットワークが落ちてしばらくゲームができなくなり、復旧まで話して待っていたのですが、直った後、みなさんのプレイを見せていただきました。・・・すごい、すごすぎる。検定試験とかもやはトップの領域。今は全国大会というのが開かれていますが、私はやり方がわからなくてやらないでいたのだけれど、丁寧に教えていただけて、私もやれました。オンライントーナメントも一回こなしてきて、組がフェニックス組に上がりました。
フリープレイは結局最初の店内対戦だけで終わってしまい、適度にやったところで夕食でも食べに行こうかという話になり、みなさん電車でしたので私の車まで移動して、4人で私行きつけのJへ早めの夕食に出ました。
さあ、そこで始まるすごい話の数々。でも引いちゃうようなこともなく、むしろ興味の連続でした。今日来た方の一人は、社会を得意分野としているため、世界史の資料集と地図帳、ほか学習用の本や新聞を持参していました。やっぱり勉強は欠かさないそうです。でもすごい、とにかくものすごい知識量を持っているから、話題は尽きないし、そこでまた知識の確認をお互いできるし、飽きることがありません。また知識を色んな方面から蓄えることは、やはり広い見識の持ち主でもありました。
表面的な知識の蓄えでは、知識は増えていかないのです。流れを考える、意味を考える、そこから体系的な知識ができあがる。学者とはまた違うけど、博識者のオーラですね、好奇心が旺盛で、多面的に物事を理解しようとするその姿勢は、尊敬に値するものがありました。みなさんそれぞれ得意分野があって、博識でした。
QMA を攻略する上では、はやり日々の学習と、わからなかった問題を確実におさえることが重要だと伝授されました。理想はゲーム中カメラを置いておき、わからない問題を撮影しておくのがよいと。そうすれば後からやり直すのが簡単です。誰しもすべての分野に精通するのはやはり難しくて、得意とする分野では個別に学習し、不得意な分野、まあまあできる分野は間違いを押さえることを繰り返しながら伸ばしていくそうです。
なお、食事に行ったみなさんは四街道ではないけどそれなりに近い場所を基地にしていて、大会があるとそこへ行っているという話でした。だから普段から格別に縁があるわけではなく、こういう機会に会って知り合ってきたそうです。私もそこに仲間入りです。まあ、12月に始めた人間と、もう古い時代からやっている人間とじゃ、あまりに力の差がありすぎましたが、こうして広がる縁があるのもいいことだと思います。初心者でも思いっきり入り込んでいけるということは、やはり近いものがあるからです。私も始めたばかりだけど、参考書買って、資料片手に QMA をやっている以上、レベルが違ってもやっていることは同じでした。
いずれ追いつける日は来るのでしょうか ? わからないけど、私は私の目標を持って進むのみです。言われました、結局は勉強だから、長く続けていくほど成果が出てくると。いい出会いだったと思います。次会えるのはいつだかわかりませんが、自分を見直す意味で、感じ入るものがありました。トーナメントでの勝ち負けなんて関係なかったですね、知識を蓄えた先に見えるものが真実でした。
ちなみに、QMA では「ちかやす」を名乗っています。なので私の通称はちかやすさんです。きしもとさんではありません。それはとあるゲームで自分の名前が「ちかやす」だったから。この名前に妙に親しみがわきましてね、QMA から自分の新たな名前として使い始めました。もし誰か QMA をやっているぜーな方がいたら、e-AMUSEMENT GATE で検索してください。友達募集中です。
せっかく来ていただいたというはからいで、大会にエントリーした人に限り、4台を一時間フリープレイで開放してもらいました。で、集まった人で実際どうしようかという話になったのですが、私は協力や店内対戦をしたことがなく、やってみたいとお願いして、店内対戦をやってみました。
今日集まった方々は、もう賢者のレベルに達しているすごい人ばかりで、12月に始めましたなんてのは私だけ、ある意味KYな存在だったけど、みなさんこんな私を喜んで歓迎してくださり、仲良く話しながら楽しみました。店内対戦は結局4位に終わったけれど、レベルの違いと話しながら仲良くやれる楽しさを教わりました。しかし、そんな人達相手に単独正解を一回できたのは感動しました。これは終わった後お礼言われちゃいました。結局みんなわからない問題は、正解者の答えを見て覚えるのが早く、教えてくれてありがとうと。なおこの問題、その後他の人がやったときも含めて、その日のうち2回出ました。二回目はさすがにみんな間違えません。
一度店内対戦をしたら、ネットワークが落ちてしばらくゲームができなくなり、復旧まで話して待っていたのですが、直った後、みなさんのプレイを見せていただきました。・・・すごい、すごすぎる。検定試験とかもやはトップの領域。今は全国大会というのが開かれていますが、私はやり方がわからなくてやらないでいたのだけれど、丁寧に教えていただけて、私もやれました。オンライントーナメントも一回こなしてきて、組がフェニックス組に上がりました。
フリープレイは結局最初の店内対戦だけで終わってしまい、適度にやったところで夕食でも食べに行こうかという話になり、みなさん電車でしたので私の車まで移動して、4人で私行きつけのJへ早めの夕食に出ました。
さあ、そこで始まるすごい話の数々。でも引いちゃうようなこともなく、むしろ興味の連続でした。今日来た方の一人は、社会を得意分野としているため、世界史の資料集と地図帳、ほか学習用の本や新聞を持参していました。やっぱり勉強は欠かさないそうです。でもすごい、とにかくものすごい知識量を持っているから、話題は尽きないし、そこでまた知識の確認をお互いできるし、飽きることがありません。また知識を色んな方面から蓄えることは、やはり広い見識の持ち主でもありました。
表面的な知識の蓄えでは、知識は増えていかないのです。流れを考える、意味を考える、そこから体系的な知識ができあがる。学者とはまた違うけど、博識者のオーラですね、好奇心が旺盛で、多面的に物事を理解しようとするその姿勢は、尊敬に値するものがありました。みなさんそれぞれ得意分野があって、博識でした。
QMA を攻略する上では、はやり日々の学習と、わからなかった問題を確実におさえることが重要だと伝授されました。理想はゲーム中カメラを置いておき、わからない問題を撮影しておくのがよいと。そうすれば後からやり直すのが簡単です。誰しもすべての分野に精通するのはやはり難しくて、得意とする分野では個別に学習し、不得意な分野、まあまあできる分野は間違いを押さえることを繰り返しながら伸ばしていくそうです。
なお、食事に行ったみなさんは四街道ではないけどそれなりに近い場所を基地にしていて、大会があるとそこへ行っているという話でした。だから普段から格別に縁があるわけではなく、こういう機会に会って知り合ってきたそうです。私もそこに仲間入りです。まあ、12月に始めた人間と、もう古い時代からやっている人間とじゃ、あまりに力の差がありすぎましたが、こうして広がる縁があるのもいいことだと思います。初心者でも思いっきり入り込んでいけるということは、やはり近いものがあるからです。私も始めたばかりだけど、参考書買って、資料片手に QMA をやっている以上、レベルが違ってもやっていることは同じでした。
いずれ追いつける日は来るのでしょうか ? わからないけど、私は私の目標を持って進むのみです。言われました、結局は勉強だから、長く続けていくほど成果が出てくると。いい出会いだったと思います。次会えるのはいつだかわかりませんが、自分を見直す意味で、感じ入るものがありました。トーナメントでの勝ち負けなんて関係なかったですね、知識を蓄えた先に見えるものが真実でした。
ちなみに、QMA では「ちかやす」を名乗っています。なので私の通称はちかやすさんです。きしもとさんではありません。それはとあるゲームで自分の名前が「ちかやす」だったから。この名前に妙に親しみがわきましてね、QMA から自分の新たな名前として使い始めました。もし誰か QMA をやっているぜーな方がいたら、e-AMUSEMENT GATE で検索してください。友達募集中です。



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