閃乱カグラ2 起動2017/03/27 23:35

閃乱カグラ2を以前買っておきまして、その後放置で一度もやっておりませんでしたが、今日やっと遊んでみました。最近やったゲームの中では、比較的分析しやすいゲームで、やりながらコツやゲームの特徴を分析しつつ、効率のいい動きをはかっております。あまりゲームはやりこまないつもりでいたのに、これは私にはツボでした。基本的な動きやボタン操作が無双と極めて近いのが大きいです。
全体的には、無双3のようなよさがあります。攻撃方法も分岐タイプで、これも無双っぽく、何よりボタン配置がほぼ同じなのはよいですよ。やりながらすぐ慣れます。やっていくと、非常に爽快ではあるものの、ちょっと荒削りな部分もあります。最大の難所は、切り返し手段と逆転要素のなさです。戦いは基本ガン攻めにするしかありません。一度不利な状況になると、不利な状況を効果的に返す方法は無く、戦術が単純になりがちなのです。また、回復する方法も少なく、長い戦いをこなしていくのが難しいように思います。今のところあまり進めておらず、長い戦いには出会っていませんが、長丁場でダメージが蓄積したとき、回復物資を置いておくしか方法はありません。それにしては戦場探索型でなく、どっちづかずです。
アクションがよくできているだけに、プレイ方法の多様性のなさが、逆にものすごく目立ちます。無双も基本はガン攻めです。でも、時に逃げたり、時に無双奥義皆伝で大軍に立ち向かい、戦場の中に自分の居場所を作るため、多彩な選択肢から攻撃を組み立てます。あまりに強い相手には、守りながら戦い、もし押されても無双で切り返し、少しずつ相手を削っていく戦いです。攻め、逃げ、防御の組み立てをいかに行うか、それを支えるアクションのよさが無双の魅力なのです。
閃乱カグラ2には防御が無く、殴り合いになるとお互いの攻撃が入ってしまい、攻守切り替えがありません。スキを見て攻撃した側に優位がないと、逃げからの攻撃組み立ての有効性が低く、こうなったら、押された方が押された時点で負けなのです。これがあまりにお粗末で、最初のボス相手にほとんどの人が勝機を見出せないでしょう。始めは理不尽のように思えますが、ガン攻めで組み立てると楽に勝てます。忍術を制限無く使用できる代わりに体力が減り続ける「命懸」を発動し、忍術、倒れた相手を通常攻撃で追撃したところにまた忍術と、ひたすら押し込みます。つまり、このゲームでもっともリスクの高い状態を利用することをスパルタで仕込まれます。この方法もハメではなくて、術によっては相手と距離が離れるものもあり、マップの位置ではうまくいかないこともあります。その辺はしっかりしています。ただ、最後は全部それかよ、になってしまうのがマイナスなのです。

アクションが苦手で、ゲームも直感で進む人にはさほど気にならないでしょう。でも、アクションを事細かに分析してしまう私にとっては、いいところと悪いところの差がすぐ見えてきてしまい、楽しい一方、かなり割り切らないといけないところもあります。まぁ、このゲームはガチアクション派より、ライトユーザー狙っているところはあると思うんで、そういう作りなんでしょう。

三バカの一人2016/11/20 23:52

今日はアキバの委託の終了日でして、結局ちゃぶ台がすべて売り切れてしまいました。非常にまずいです。あみあみ様のちゃぶ台もなくなりました。ちゃぶ台はロットが20単位ですが、ワンフェスには40個作ります。委託用に20個作るということですか・・・。ちゃぶ台乾燥機の容量オーバーですので、どうしたものか・・・。40作ってから20を追加することになるでしょう。うーむ、でも、委託ってそんなに早く売れないんですよね。そのために20・・・痛い、痛すぎる。そして、あみあみ様への新商品注入をせねば・・・。ワンフェスがそろそろ近くなってきまして、何もかもがつらいです。やりきれません。やりきれませんと言いたいけれど、どこかで折り合いをつける必要があります。

今日は非常に調子が悪くてJに来ていますが、調子が悪いので、気晴らしに無双3も少しやりました。福島正則の無双演舞を少し進めました。福島正則は、猛将伝から使えるようになったキャラです。しかし、無印3のときからいまして、いわば猛将伝で使えるだろう、布石であったと考えられます。
無双演舞で進めてみると、正則というのが不遇にも見えるし、幸せにも見えます。基本的にはバカです。なんせ80年代のヤンキーを思わせる見た目と言動でして、なぜヤンキーよと思わせます。とてもバカで、政治的なやり取りには不向きです。戦はできても、その裏の駆け引きはできません。でも、とても人間的です。政治的やり取りが時には建前ばかりで、人情のない冷徹なものだったとしても、彼は常に人情を考えます。戦で対立しても、お互い戦するようなことがあるようなら、黙って憎しみを掻き立てるより、殴り合って本音を出してみれば、結果的に仲良くなれる。そう考えています。人間的な道理が通らない世界でも、彼は人情を考え、最後はうまくいくと考える。バカだけど正直で、すぐ涙する。こういう人間を権力の道具にしてはいけないなと思います。みんながバカで殴り合ってばかりでは困りますが、こういうバカでも正直で人情のある人間がいてこそ、人は互いを信じることができるのではないか、そんな風に思えました。でも、世の中の動きは彼の人情論より冷徹で、結局は武勇ばかりが利用されている面も受けます。それが不遇です。
まだクリアはしていませんが、どこまでもバカを貫いてくれることでしょう。乱世と人情、他にもそういうタイプのキャラはおりますので、それぞれの生き様が楽しみです。

深く刻まれるアツさ2016/06/29 23:58

こつこつTF4の攻略を進めているぶちょーを見ると、昔の自分を思い出します。TF4を始めたときは、他に並ぶものもなく、それしかやりたいものがない時代でしたので、必死にやりました。今なら絶望したゲームはやめたくなりますが、当時はできなかったのです。
メガドライブもそのソフトも、中学生当時は自分の小遣いですべて買っていました。親が買ってくるとかということもありませんでした。TF4をやっていた時代は、ソニックとTF4の二本しか持っておらず、ファミコンのSTGではとても満足できないし、ゲーセンにもそんな頻繁に行けませんから、買ってしまったゲームがどれだけ絶望的難易度だったとしても、それをやり抜く他はないのです。それに、私が他に興味を持っていたゲームはR-TYPEでしたので、苦行にはさほど抵抗もありませんでした。
そして、TF4には震えるようなアツさがあります。敵もいなくなり、音楽もなくなった静寂から、急に現れる中ボス。急展開するシーン。切迫する感覚、緊張感はこのゲーム特有のものでもあるでしょう。それが頂点に達するのは5面です。
美しい水と山の景色の中、水中に潜む巨大戦艦。それとの戦闘は、最初は出会いだけでありませんが、5面になると宇宙空間で銀河連邦軍での総攻撃に移ります。戦力はこちらが圧倒し、敵艦は無力化していきます。外側の装備をすべて破壊し、これから内部へ突入するのか・・・。
そんな時、突如音楽が変わり、戦艦は何者かが放った無数の光によって炎上します。光の矢は切り裂くような音で戦艦を突き破ります。
炎上しながら急速に速度を失い、画面後方へ消え逝く戦艦。その上からは、今まで見たこともない、謎の存在が現れます。しかし、どうやら味方ではないようです。
すぐさま応戦する戦闘機部隊。音楽もここで最高潮を迎えます。音楽と演出のタイミングはぴったりです。しかし、敵の光に仲間は落とされ、やがてその存在はこちらを誘うかのように、静かに去っていきます。急に現れるこの存在。しかもその異様な見た目は、何度見てもすさまじい圧力を感じます。顔と目があるようにも見えますが、そういうものと近距離で対峙する感覚は、まさに緊張感そのものです。
新たな敵の前に、こちらも新たなる兵装、Thunder Swordを身に付け、味方の援護の届かない、敵の誘う未知なる空間へ向かいます。

昔のゲームですので、語るのは音と映像のみです。無駄な言葉や人物の描画などまったくありませんが、シンクロして盛り上がる音楽と、威圧的な登場やスピーディな展開を入れることで、これだけでもかなりの迫力があります。ただでさえ難しいゲームなのに、そこから現れる新たな敵の存在は、果てしなく遠く見えます。どれだけ慣れてもミスが出やすいゲームですから、やるたびに緊張感があり、そうしたゲームの特性も演出面で大きくいきてくるでしょう。決して手軽にやるゲームではありません。密室で構えてやることで、場面ごとの重さがひしひしと伝わってきます。

何度も言いますが、私はTF4の自機であるRYNEXの緻密な立体再現を目指してフィギュア作りを始めたので、実はこのゲームと今作っているミニチュアはつながりがあるっちゃあるのです。途中で道が外れましたが、TF4は攻略以外の面で何かを作りたいのですよ。

ホビーパソコン本現る2016/04/22 23:52

今日はゲーセンに、この前買った本を持って行きましたが、追加した一冊を紹介します。
最近、自分の性分はホビーパソコンじゃないかなと思い始めています。私にとって、ゲームの始まりはMSXでした。ファミコンではありません。そのため、ゲームが何で動くか、なぜ動くかを早いうちから知ることができ、その後のプログラムの勉強にまで一役買いました。PC9821を手に入れるまで、長々とMSXを使っていたのです。MSXはカセットにセーブする CSAVE という命令がありますが、勉強で使っているときは外部録音できるカセット機器がなくて、プログラムは全部揮発性でした。初期型だけあって機能は貧弱なものの、理屈を理解し、動かすには十分すぎるほどです。ただ残念なことに、こうした勉強をして自分らしいプログラムのスタイルを確立してから以降、何も作っていません。

この本は、日本で出たホビーパソコンの資料集という体裁を取っています。資料集なら実は教科書もあって、そちらはまだ買っていません。いずれ買うつもりです。表紙のMSXを見ると、当時の憧れを思い出します。MSXは上下左右の入力を特別配置にして、ゲームをしやすいよう工夫されています。この十字が、平べったく、真ん中が少しへこんでいたり、こうした形が私にはとても未来的に感じていました。
資料の中に読み物がいくつかあります。その中で、「なぜ家電メーカー各社は揃ってパソコンを作ったのか」というコーナーがあります。これが非常に訴えるものがありまして、当時の先進用語「ニューメディア」に触れています。私はゲーマー魂第二号で、ホビーパソコンとテレトピア構想について触れました。こうした視点に近いものです。テレトピア構想とは、早い話がニューメディアを試験的に導入する特区を作ることですから、ニューメディアとテレトピアは切っても切れない関係にあります。
この本では簡単に、パソコン戦略がうまくいかなかった点について、規格がばらばらなのと、ソフト供給不足であったことを指摘しています。私が考えていたのは、こうした側面から、ホビーパソコンがゲームばかり見ていて、社会的な情報通信基盤整備に貢献できることを見ていなかったということです。結局は、パソコンは作れても、使い方がわかっていなかったというのが正解でしょう。それはソフト不足を招き、当時最もソフトの資産があったのはゲームですから、ゲームに走る。こういうことが相互に関係して、ホビーパソコンは大きな影響力を持つことなく消えていったと考えています。
パソコン、ゲーム、情報通信などは、非常に大きな関連性を持っていると考えるのはこうしたことからです。なので、ゲームだけを切り離して見るものは、ゲームの世界ではそれでいいのかもしれませんが、ゲームが置かれてきた社会的環境、他の分野との関わりを考えるならまだまだ足りません。ただ、ゲーム好きのマニアというのは、得てして広い考え方をしないもので、それはいかがなものなの、と思っております。