ワンフェスで聞かれること2017/02/21 21:24

売り上げデータが出揃っておりませんので、レポらしいレポではありませんが、お客様からの要望についてと、よく言われることについてお話します。

ほぼ毎度ですが、AK参加しないのですかと聞かれます。昨年からアキバでの委託販売、あみあみ様での販売も開始され、少し販路が広がり、より多くの数を供給するにはどうしたらよいのか、体制作りが進んできました。また、ドールショウやi-dollへ一般参加しながら、他のイベントへの参加の機会、方法を考えています。AKには一度だけ参加しました。物量の問題もあり、衣料部のみでの参加でした。その時は、継続的な参加は不可能と考え、一度きりの参加にしています。今のところ家具や小物でワンフェス以外のイベントで十分な物量を用意できる余裕はないため、参加するなら衣料部のみでの参加が考えられます。ただ、AKよりドールショウを優先するかもしれません。今のところ、AKへの参加可能性は低く、参加しても衣料部のみとなると思います。家具や小物は、現状あみあみ様へ流す方が優先されます。これは、あみあみ様の方からの要望もありますので、今以上の数を作れる状況にはありません。もう少し時間が経てばまた変わるかもしれませんが、今のところはこなせる数が厳しいです。
オビツ11用男の子衣装が今回初めて販売されました。結果は上々、お客様も、今後の男の子用衣装への期待が高まったようです。これは今後も増やしていくことにします。また、男女兼用にできるような服も考えていきたいです。キューポッシュも男の子キャラが出ています。今後はキューポッシュフレンズでの男の子展開も予告され、こちらも需要が見込めます。むしろ、早めに対応していく方が、ここに行けば必ずあるという状況も作れるし、いいように思います。前向きに検討していきます。

よく言われることをお話します。
ディーラー名が変わっている、面白いと言われます。いやいや、基本的にディーラー名は変わったものばかりだと思いますが・・・。名前を考えるときに、ネット上での検索で、それしか出てこないことを優先しました。マンドラゴラを使うことにしたのは、千葉へ行く途中に人参王という漢方のお店があって、そこの看板に出ている高麗人参がマンドラゴラにしか見えない、と毎度気になっていたからでした。ディーラー名を考えながらそれを見て、マンドラゴラを使うことを思いつきました。量産型は、それと組み合わせて使われないであろうことで、なおかつやや格下っぽい、性能が少し劣りそうなイメージでつけました。
初めて来るお客様には、前からやっていたのですかと聞かれます。今まで気付きませんでした、次から来ますとよく言われます。ええ、今年の夏で丸6年たちます。黒歴史を入れると7年です。何度も繰り返しておりますが、そもそも我々は最初から小物屋をしていたのではなく、開始一年は一般のGKを作るフィギュアディーラーでした。一方、武装神姫に当時は入れ込んでいましたから、神姫用にと、ひとつちゃぶ台を作りました。けっこういい感じだったので、フィギュアを売る一方、試しにちゃぶ台を4個売ったら、なぜか売れました。なので、フィギュアを売りつつ、ちゃぶ台を売って、2011年冬のワンフェスでは、ちゃぶ台セットとみかん、せんべい、和紙のソファを売りました。これがよく売れました。で、2011年と言えばあの震災で、当日版権の申請がストップします。ちゃぶ台が良く売れるし、版権手続きが面倒になったし、作る予定のものは展示のみで考えておりまして儲けも出ませんから、その夏から小物売りに転業しました。以前から理想としていた、こんなお店があればいいのにを自ら実行すべく、何気にマーケティングを4年くらい研究しての出発でした。それが気がついたらこういうことになっております。
安い、かわいい、出来がいいは本当によく言われます、ありがとうございます。これはワンフェスに一般参加しながら、もっとも理想的だと考えたことです。神姫用に小物がほしくて、一般参加者として探していました。ディーラーの数もそれなりにいましたが、とにかくひとつの値段が高く、神姫で気軽に遊ぶには不釣合いでした。私が欲しいのは、それなりの出来で、駄菓子屋感覚で買える値段のものでした。これには、子供のころの経験や、よく利用していた量り売りのお菓子のお店が影響しています。おそらく小物を買い求める人ならば、考えは同じだろうと思い、ないなら自分でやればいい、ということです。フィギュアを作っていた感覚と、プラモの技術と、絵を描く感覚で、粘土のことや基本技術は、やろうと決めてからドールハウスの本を見て勉強しました。それと、私は昔から手工芸が好きで、様々な材料の知識を大量に持っていたことが大きいです。

と、商売の歴史も含めてお話しました。私がフィギュアを作ろうと思ったきっかけですが、元々私はプラモ好きです。そこからフィギュアに興味を持ち始め、ワンフェスに一般で参加するようになりました。そのころすでに病気で学籍も仕事も失っており、働ける状況でもないし、目標も特にありませんでした。そんな中、フィギュアを作ってイベントに出て、目標を持ちながら少し人に接してみようと思うようになりました。黒歴史の最後、展示のみでワンフェスに参加しようとしたのは、シリコンやレジンを買うお金がなかったからです。何回かはお金を借りてしのいでいたものの、借金ばかりが増え、いい加減限界を感じていました。版権申請がストップしたとき、お金のことを考えれば、もう迷う必要もなかったのです。考えていた展示すらできなくなれば、たまたまやっていたもうひとつの道にかけるしかありませんでした。悲しいことに、未だに闘病しながら続けております。専業でこれをやっているのは、そういうことなんです。